ぶどう狩りとお食事 古寿園 山梨県甲州市勝沼町勝沼3245
古寿園の歩み 明治時代よりぶどう栽培100年以上の歴史
古寿園の歴史 
1870年〜

明治初期〜


大正初期
先代の古屋壽作がぶどう栽培を開始
ぶどう農家として各地にぶどうを献上していたようです。
当時の宮内省御用達


2代目古屋壽作がぶどう栽培を引き継ぎ徐々に栽培面積を拡張
明治時代のブドウ作り
写真右 2代園主 古屋壽作
大正14年
10月8日
 閑院宮殿下ご来園
(当時の貴重な写真が残っております。)
これを機に現代の観光ブドウ園の基礎となる「ぶどう見学」を開始。当時は花見のようにぶどうを見ながら畑の中でお酒を飲んだりしたそうです。
古屋葡萄園という名前から古屋壽作の名を取り古壽園(現在は古寿園)へと屋号を変更
日本一のぶどうの木
1930年頃

昭和初期
観光自動車、バスの登場
ぶどう園を訪れるお客様が増え始める。
大正初期の勝沼
昭和3年頃の古寿園前
古寿園への視察新聞記事
昭和5年9月14日
藤村男夫妻による古寿園視察
当時の新聞記事より
昭和20年頃 交通機関の発展とともに観光で勝沼を訪れるお客様が年々増加。
このころより、3代目古屋壽作が本業の歯科医師と並行して葡萄栽培に着手。
太宰治や古関裕而、大妻コタカなど著名人も来園。

勝沼観光ゲート
昭和26年 勝沼の観光ゲート
古寿園見聞録
当園の見聞録に著名人の方々から激
励のお言葉をたくさん頂いております。
1970年〜

昭和40年
〜50年
会社勤めをしていた古屋寿雄(現園主)が就農観光としてのぶどう狩りを確立すべく、食べ放題やもぎ取りなどのプランを提案。
昭和44年には学習院初等部の遠足で浩宮様がご来園くださいました。
昭和中頃の古寿園
昭和50年〜
古屋寿雄が4代目園主となり本格的に旅行会社やバス会社と提携を結び団体ツアー等の事業に着手。当時では珍しい食事の導入もこのころから。「ぶどう棚の下でお食事を・・・」という考えのもとバーベキューを始める。このころよりぶどうの全国発送開始。
葡萄の品種も甲州や巨峰・デラウェア・ネオマスカット・ベリーAなど徐々に増え始める。
1986年〜

昭和60年〜
オリジナルワインの生産、売店やバーベキューハウスの建設など設備投資。
葡萄の品種も巨峰・ピオーネ・甲斐路・シトロンネルなど大房ぶどうの規模を拡大。
昭和中頃の古寿園のぶどう棚
1990年〜

駐車スペースの拡張や畑の規模拡大に伴いぶどう品種を増やすなど現在の古寿園の基礎を確立。畑の一部にサイドレスハウスを建設
きんさん・ぎんさんご来園
2000年以降 さくらんぼの試験栽培を開始(佐藤錦・高砂)
インターネットの接続とともにホームページを開設
バーベキューのメニューにワイン豚を追加
鳥居平甲州100%のワインを生産
食育をテーマにほうとう教室を開催(過去実績)
ぶどう栽培品種の拡張(20品種程度)

2009年 鳥居平地区で栽培した甲州種のワイン醸造を開始
サニー・ドルチェ、ブラックビート、シャインマスカット栽培開始
2010年 ホームページリニューアル
山梨県果樹試験所での研修を終え古屋寿彦が本格的に就農
2011年 シャインマスカットの栽培面積を拡張
ぶどうの生ジュースを販売開始
 2012年 加工品(ジャム、化粧水)の試験製造開始
 2013年 さくらんぼの試験栽培終了に伴いぶどうの短梢一文字草生栽培を開始
さくらんぼ狩り営業終了
CM撮影依頼や県内産業PRビデオ等のロケ地協力
 2014年 北関東を襲った大雪によりビニールハウス倒壊  復旧作業に着手

先代がこの地でぶどう栽培をはじめてから、数多くの方々に支えられ今日まで参りました。勝沼という伝統の地でぶどうを栽培することに誇りを持つとともに、歴史に恥じぬよう、日々精進し栽培しております。時代とともに変化する栽培技術や新品種の登場など、ぶどうを取り巻く環境も以前とは大分変りました。今後も皆様にお喜び頂けるようスタッフ一同努力し、様々なご提案をしていく次第です。
これからも古寿園をよろしくお願い申し上げます。                       
 

園主  古屋寿雄

古寿園
山梨県甲州市勝沼町勝沼3245
 tel0553-44-0002 fax0553-44-1611
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